十首選 12月号 (平成28年10月号掲載分より選歌)
選者 小松カヅ子(水甕)
・ ごきげんの時には父は軽やかに「おお宝塚」と口ずさみいし 平山進
・ その時は「南風(はえ)の花」なり咲かせよう絆の花と未来の花を 清水保子
・ 引越しの積荷の上に乗せてゆく園で育てし朝顔の鉢 多田千枝子
・ 墓掃除に来たる息子の呉れし札どれも折りじわ付きてゐるなり 大野八重子
・ ブラインドの羽の隙間に見ゆる雲スライスされて流れて行けり 馬場久雄
・ 二日かけて夫の刈りし笹の葉が白く乾ける小道を行きぬ 吉田千代美
・ 文具屋につり銭忘れ魚屋に蛸をわすれて帰路につきたり 山本君子
・ 昇りくる朝日に船影浮き上がり大海原に黒点となる 平野隆子
・ 黒ずみし五円玉掌にのせてみる昭和二十四年われ生れし年 ひさの盈
・ 咲き残る未央柳の一片をくづして蝶はただよひゆけり 宮脇経子
十首選 11月号 (平成28年9月号掲載分より選歌)
選者 益永典子(好日)
・ 名を知らぬままに会釈を朝なさな交しつづけて二十年過ぐ 山本圭子
・ 陽に灼けて牛飼いをせし日ははるか白寿の伯母は肌白く逝く 吉田千代美
・ 公園で一人ランチをする我を子連れの雀遠巻きに見る 中作裕子
・ 静かなる物言いをせる夫と居ていつしかに心解れてゆけり 桃原佳子
・ 戦争のつらさを言わぬ父なりきいまさば今日で百五歳なり ひさの盈
・ 魚の棚の蛸の試食は味よくて吸盤不規則は雄と知り足り 宮脇経子
・ 運転が苦になることはないけれど人々の目にからめられをり 浮田伸子
・ 騎馬戦の騎手になりたる孫むすめ勇姿もまんざら悪くはないが 山本君子
・ ホトトギス声をとばしてゆきにけりあとにゆれゐる青き若葉が 井奥輝明
・ 何気ない話の中に見えてくる友の家庭の妻のやさしさ 馬場久雄
十首選 10月号 (平成28年8月号掲載分より選歌)
選者 水野美子(コスモス)
・ 雪積もるさまにも見ゆる花水木月の光に白く輝く 馬場久雄
・ 戸を繰ればもの言いたげな満月が中空にあり おやすみなさい 岡田恵美子
・ いちめんに芝桜咲く門先に国旗揺れおり今日昭和の日 大西迪子
・ この坂は誰も通らず野苺を見つつ登れば薊が咲けり 段床陽子
・ 黒き墓石に〈また会いましょう〉と彫られいて小高き丘に日を浴びている ひさの盈
・ 入学前「いちねんせいがあるきます」を読んできかせる春休みかな 塩見俊郎
・ 心とは形をもてるものらしく重たかったり動いてみたり 中作裕子
・ めんこいは辞書に載りたる東北語めんどいは辞書になき播州語 大野八重子
・ 震災の町より届く花の苗地を替へ咲けよ桔梗竜胆 大塚公夫
・ 朝より植田にひとつ来し鴨の漁れるあたり光乱るる 下村千里
十首選 9月号 (平成28年7月号掲載分より選歌)
選者 滝下恵子(旅笛)
・ 「つばらつばら」床しき名の菓子賜ひたり俄かに心明るくなりぬ 大野八重子
・ 瀬の音のひときわたかく聞こえくる工場休みに入りし朝に 永瀬絹子
・ 煙突のけむり真っ直ぐ上りゆき朝の空に長くまぎれず 山本君子
・ 絹豆腐さくら海老など提げ帰る雨の兆せる春の夕べを 下村千里
・ 胸に掌をかさねて眠る遠き街に離別せし二人の少年がいる 青田綾子
・ 生きるより死のむずかしさ残しつつ肝臓ガンの妹逝きぬ 田結荘ときゑ
・ 菜の花に溺れんばかりに電車くる休耕田は菜の花ざかり 井奥輝明
・ 春の池に水脈曳きあそぶかいつぶり小さな風を呼びつつ泳ぐ 内山嗣隆
・ 父の名の表札残すひとり居は庭の皐月の咲くを待ちおり 平野隆子
・ 石垣の一割までも転用石ぞ多くの人の嘆きも積みぬ 浮田伸子
十首選 平成28年8月号 (平成28年6月号掲載分より選歌)
選者 楠田智佐美(象)
・ 滑らかに幼の問いに答えつつ密かに字典確かめている 内山嗣隆
・ 青空に洗濯物を広げつつ熊本の被災に思いはせおり 吉永久美子
・ キッチンの隅々迄を整理なし明日へ繋ぐ西空朱(あか)し 段床陽子
・ 夜桜の絶景スポット人の波途切れるを待ちシャッターを切る 平野隆子
・ 苦しまず逝きたることを良しとせん主治医のことばを諾ひとえをり 山本圭子
・ リラ冷えとふ美しき言葉ラジオより聞きつつこころ解けてゆきぬ 岸本寿代
・ 実の成る木花の咲く木を植ゑたれば小鳥鳴くかも絶えず来たりて 下村千里
・ いってきますと新一年生連翹の花の家よりとび出してくる 青田綾子
・ 新聞の桜前線ゆるやかな曲線となり列島のぼる 馬場久雄
・ 積年の夢かないたり香呂駅イコカカードがすいすい通る 長瀬絹子
十首選 平成28年7月号(平成28年5月号より選歌)
選者 新家イサ子(ポトナム)
・ 守り神は大日如来道の辺に咲ける菜の花の一本を挿す 下村千里
・ 大き声小さな声の近づきて無事に過ぎたり登校の列 岡田恵美子
・ 見はるかす草萌えの野に限りなき収容所の跡 囀りが降る 青田綾子
・ 鋭角に冬日とどきて床に置く青磁の壜は影をのばせり 内山嗣隆
・ この日々が永遠に続けというように我と家族の干し物揺るる 桃原佳子
・ となりやの媼の病癒えたらしかろきリズムに木魚の聞こゆ 岸本寿代
・ 一人居を弱音はくなと言いきかせ今が楽だと自然薯おろす 尾花栄子
・ ゆくりなく告げらるる言葉に拉(ひしや)がれて俯くわれに水仙笑ふ 大塚公夫
・ 行く先は何処なるかなミステリーツアーに春のひと日預ける 山本君子
・ 蕗のとう水仙の芽が土もたげ歩幅大きく歩けよという 原村邦子
十首選 平成28年6月号 (平成28年4月号掲載分より選歌)
選者 下村千里(文学圏)
・ 球児らの憧れなりしに壊したり番長清原人生を振る 藤本勝義
・ なんとなく惹かるる花よ帰りみちも枇杷を見上ぐる一月の尽 岸本寿代
・ 電車待つ手の寂しさに自販機の烏龍茶に暫し温もる 大塚公夫
・ たかだかと百合の木の実が花のごと真青な空に広がりてゆく 大西迪子
・ スーパーの目玉となりて積み上げるキャベツ二・三個天秤に選る 尾花栄子
・ わが枝を超ゆる若きにのぞみもつも今日の仕事は人にゆだねず 向 光
・ 脱ぎ捨てて出掛けおりしやスリッパの片方さがす夜の玄関に 山本君子
・ ひと言を言わねばならぬひとが居てそを聞かぬひとが居りてつりあう 内山嗣隆
・ 菜の花のからし和へせしこの夕べ窓の結露をねんごろに拭く 山本圭子
・ 早朝のバイトを終えてテレビ見る夫は炬燵に足から眠る 吉田千代美