十首選 2018年12月号 (平成30年10月号掲載分より選歌) 

選者 下村 千里(文学圏) 

 

  

・ よもぎ摘み山茱萸取りし幼日は父ははありて姉のをりしよ  宮脇経子

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・ 他愛なき歌が生まれる真夜中はわれの命の支えなりけり  角美恵子

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・ マタタビの葉先白なり大木に絡み実をつけ日を浴びており  清水保子

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・ 何からも逃げ出したいと思いつつ明日の献立考えている  尾花栄子

 

・ 古絹を裂きて作りしはたきなり殊の外よき働きをする  山本君子

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・ 猛暑日は冷房の部屋の老い二人ジグソーパズルに迷い込みたり  ひさの 盈

 

・ ·ひと夜さの嵐に洗ひ上げられし網戸清しも余り風入る  大野 八重子

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・ 花抱ヘ墓苑を登るあへぎつつ墓っくりしをわづか悔いたり  岸木寿代

 

・ 川床でおもちゃのような馳走食べ今日は京都のいとはんになる  武内栄子

 

・ 柿の幹にひと節結わえし風蘭の増えて白花けさ匂いくる  岡田 恵美子

 

 

 


十首選 2018年11月号 (平成30年9月号掲載分より選歌) 

選者 平瀬 紀子(運河) 

 

 

 

・ あじさいの藍色の花を甕に挿す決めねばならぬこと一つあり 山本君子

 

・ ·仕事終え二十一時のコンビニに仕事の私脱ぎ捨てていく 中作裕子

 

・ いく度も天気予報を見ておりぬ明日は海峡越えねばならぬ ひさの 盈

 

・ 竿さきのシロギス空に跳ねており銀の滴をきらめき零し 馬塲久雄

 

・ 幼な日の冷たき水に浮かべおきかぶりつきたるトマト忘れじ 尾花栄子

 

・ 出できたる夫の袱紗のむらさきに刻の止まりてわが手も止まる 岸本寿代

 

・ 草匂い汗の匂える作業着がまるまりており夕べ床几に 青田綾子

 

・ 父の日に孫の子守を頼まれぬこんなはずではなかった一日 上月昭弘

 

・ 「ばあちゃんは色白ね」と湯船にて少女に言わる顔が綻ぶ 中嶋啓子

 

・ 鮭缶を開けてすませり連休にとり残されし老いの夕餉は 内山嗣隆

 

 

  


十首選 2018年10月号 (平成30年8月号掲載分より選歌) 

選者 飯田 進(コスモス) 

 

 

 

・ 志ん生にするか小さんか迷いつつ今宵は米朝を聴きて眠らむ  内山嗣隆

 

・ アイリスの花の下(もと)にて草を引き花の目線で仰ぐ天空  中嶋啓子

 

・ 東屋に一息ついて仰ぎ見るトンビは見下ろす先祖の墓を  塩見俊郎

 

・ 幾たびも聞きたる古き恋ばなし聞かされてゐるけふも茶房に  山本圭子

 

・ 「蝶の道」蝶に聞きたし紋白が雨のち晴れの庭を過ぎゆく  下村千里

  

・ 新緑の山の傾り夢の木にそよぐ短き房の山藤の花  馬塲久雄

 

・ ひとつだけぽつんとあるは朽ち木らしそれでも吾は座ってみたい  尾花栄子

 

・ わが家へ訪ねてくるる人々に鶯の鳴く五月末なり  藤田勝代

 

・ 掘割をゆきて木陰に休みたり後藤茂の碑を見上げつつ  岸本寿代

 

・ 台風のことなく過ぎし朝の庭無花果三つ色づきており  西村千代子

 

  


十首選 2018年9月号 (平成30年7月号掲載分より選歌) 

選者 藤岡 成子(コスモス) 

 

 

 

・ 桜の下のいとこ会にもやう行かず道の辺の花を採り来て挿しぬ  下村千里

 

・ 「痛いね」と話しかけらる待合室はなぜかこころの休まる所  岡田恵美子

 

・ 目前に傾りの青葉迫り来る細くなりゆく峡の山道  馬塲久雄

 

・ 財布、入れ歯、眼鏡また財布九十の身めぐり終日隠し魔がいる  青田綾子

 

・ 券売機に硬貨落とせり思いの他音響くなり無人の駅に  中嶋啓子

 

・ 手のひらに介護師さんの名を書きてひたすら覚ゆわたしの支え  田角美恵子

 

・ 梅に枇杷、無花果みかん柿育つ我ら夫婦の存在証明  上月昭弘

 

・ 早朝の庭の手入れに汗流し妻の百合の枝折りてしまえり  塩見俊郎

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・ 馬鈴薯のうすむらさきの花を挿したまゆら思ふ啄木のうた  宮脇経子

 

・ 針先のようなめだかの稚魚泳ぐ急発進また急旋回して  吉田千代美

 

 


十首選 2018年8月号 (平成30年6月号掲載分より選歌) 

選者 糴川 範子(ポトナム) 

 

 

 

・ たまさかに蓮華田に会ふ山ふもと昔さがせし白れんげ浮かぶ  岸本寿代

 

・ 砂時計八十路をこえてあとわずか後へはもどれず短歌(うた)よみ進む  北みち子

 

・ ブロッコリーの地生えを十本植ゑ拡げ摘まんとゆけば葉ボタン育つ  浮田伸子 

 

・ 新しき制服姿に改札を出でくる親子は皆ぎこちなし  平野隆子

 

・ 海峡に吹く風は未だ冷たくて射す日はすでに春の瀬戸内  平山進

 

・ 何度でも百人一首の読み人を引き受けくるるスマホのアプリ  吉田千代美

 

・ 夫の知らぬ施設に齢かさねをり春の野芥子などを摘み来て飾り  下村千里

 

・ すがた見の角度は二十五度がよし姿見るとき鏡拭くとき  山本君子

 

・ 玄の草はぶ茶はと麦茶なんばの毛どくだみセンブリみんな生ぐすり  竹内栄子

 

・ 黒カバンに根性いっぱい詰め込みて夫十余年の勤めを終えたり  城谷早苗

 

 


十首選 2018年7月号 (平成30年5月号掲載分より選歌) 

選者 山中 洋子(丹生) 

 

 

 

・ 春の野の夢見恃みて寝ねし夜アマナの揺らぐ畦みちに立つ  岸本寿代

 

・ ひとり居は撒く豆もなし鬼は外福は内なる納豆を買ふ  井奥輝明

 

・ 朝々に娘の車を見送りぬその父長く門先に立ち  中嶋啓子

 

・ 子のシャツの肩に袖のせその父のシャツも乾きぬ春立つ庭に  岡田恵美子

 

・ 新聞にはさみて夫が干し鰈をたたきておりぬ楽しそうなり  山本君子

 

・ つり銭を渡してくるる魚屋の手の平厚し情にもあつし  宮脇経子

 

・ ペンキ職の老いが遺せる作業着に点、点、点と白きペイント  青田綾子

 

・ 鉄筆で書かれし小さな文字を読むなぞるが如く顔近づけて  馬場久雄

 

・ 路の上に幼の描きし踏切が春雨に濡れ跡形もなし  塩見俊郎

 

・ 山彦の北の垣内ゆ戻り来る山狭(せば)まりし外(と)におらぶれば  大野八重子

 

 


十首選 2018年6月号 (平成30年4月号掲載分より選歌) 

選者 鎌谷 克子(白圭) 

 

 

 

・ 眼の限りま白な朝よ三角の屋根も車も霧の中なる  下村千里 

 

・ 家内に流感の夫隔離して吾はスーパーを彷徨いており  ひさの盈

 

・ 何となく元気を出そうと思へる日風羅堂まで往復したり  岸本寿代

 

・ 新聞受けことり鳴らして出できたる朝刊一面石牟礼さん死す  青田綾子

 

・ ピッチンと音して飛び散る切り爪よほんにおまえも自由が好きか  竹内栄子

 

・ 手をふれば岸辺のひともふりくれる堂島川を舟に下れば  内山嗣隆

 

・ 黒竹を三本伐りぬ山畑にただそれだけに二の腕いたむ  浮田伸子

 

・ 立春のいまだ冷えきる夜の道小橋の灯冴えざえ点る  吉永久美子

 

・ 茶碗うつ茶筅の音の清々し疾うに捨てたる思ひがゆらぐ  山本圭子

 

・ 息合せ二人で貼りゆく障子紙共同作業は疲れて楽し  吉田千代美

 

 


十首選 2018年5月号 (平成30年3月号掲載分より選歌) 

選者 藤本 則子(水甕) 

 

 

 

・ ピラカンサ クロガネモチにナナメノキ南天もある赤き実をつけ  中作裕子

 

・ 若き日は脹れっ面して食みたりしかぼちゃの煮物しばしば作る  大西迪子

 

・ 七草をきざみゐる母の割烹着ことさら白き明け方の夢  宮脇経子

 

・ いつ見ても尾を振りてゆく隣のジョン生きていることを楽しんでいる  桃原佳子

 

・ わが家ではハロウィンに出番なきカボチャ今日は主役だ食卓にあり  平野隆子

 

・ やわき陽は向いの座席まで届き電車は軽く午後を走りぬ  永瀬絹子

 

・ 老いの意地はりて挑むも七歳に負け越す今宵はさみ将棋に  山本君子

 

・ 栗拾いいつも見張りをさせられていつも捕まるどんくさいわれ  尾花栄子

 

・ 口開けて歯科医の椅子に横たわる石の人形になってゆく我  藤澤雅代

 

・ 薄氷とけざる池のまん中に鴨ら寄り添い微動だもせず  多田千枝子

 

 


十首選 2018年4月号 (平成30年2月号掲載分より選歌) 

選者 武内 栄子 

 

 

 

・ その妻の呼ぶに応えず八十歳は湯舟の中に息絶えいたり  ひさの盈

 

・ おはようと言えば猫さえふり向くに木偶坊なる隣の親父  青田綾子

 

・ 風うまれ揺れる水面に映りいる裸木に咲かす雪の花ばな  藤澤雅代

 

・ 初氷にぶく光りぬ雨水のたまりし庭の河骨の鉢に  浮田伸子

 

・ 西空に雨の気配す工場の灯りがゆるる深き入江に  宮脇経子

 

・ 霜月の日向(ひるが)湖久々子(くくし)湖日本海雲居の空にとけてゆくなり  平野隆子

 

・ 警部五年いかつき甥の笑ひたり遠きをさなの顔のぞかせて  大野八重子

 

・ メガネ屋のとなりのカフェに今日もいていつもの席でいつものガテマラ  中作裕子

 

・ 花の季また訪わんかな聚遠亭時雨に雨戸かたく閉ざせり  内山嗣隆

 

 

 

 

 

 


十首選 2018年3月号 (平成30年1月号掲載分より選歌) 

選者 たなか みち(群帆) 

 

 

 

・ 待合室のテレビの前に座す人の広き背見つつ小半時すぐ  大西迪子

 

・ 刈田みな鋤き起こされて乳色の湯気あげており冬に入る朝  青田綾子

 

・ つはぶきの花粉をまとひあげは蝶羽音かそかに小春日の中  井奥輝明

 

・ 満員の電車にぐいっと押して乗るここ一番に出る力あり  永瀬絹子

 

・ 畑へ持ちゆくペットボトルは妻二本吾は一本仕事の量(はか)なり  上月昭弘

 

・ 安宿の部屋に掛かれる絵のような景色を車窓に見つつ微睡む  内山嗣隆

 

・ ひもすがら二階に過ごす夫なりとりたてて仲の悪しきにあらねど  宮脇経子

 

・ にんまりと笑む口のごと三日月は群青色の空に輝りおり  上田知子

 

・ くるくると内に巻きたりる神経をカモミールティーでゆるりと解く  中作裕子

 

・ 辞書破り山道の草を巻きて吸ふ戦後の父は咳たへざりき  浮田伸子

 

 

 


十首選 2018年2月号 (平成29年12月号掲載分より選歌) 

選者 西村久代(六甲) 

 

 

 

・ 曼珠沙華むれ咲く畦に風走り焼き尽くさるる夏の日のこと  平野隆子

 

・ 小さき舟が牡蠣の筏を横切りて波紋拡がる朝凪の海  塩見俊郎

 

・ キラキラの海を背中にしょってみる 秋晴れの空 田は黄金色  中作裕子

 

・ 蚊が来て耳たぶをちくりとさす蜜柑キウイと秋の香豊か  柴田虎雄

 

・ 爪染めて紫蘇の実一気にすごきおり下手な鼻歌手の甲の腫れ  尾花栄子

 

・ いわし雲被う刈田の捨案山子夫婦そろって空を向きおり  馬場久雄

 

・ 『富士日記』千二百ページを読み了えて刈田が月に匂う野に出づ  青田綾子

 

・ 朝夕は秋へと進み日の陰が道をへだてたバス待つ場まで  向 光

 

・ 解けぬまま悪夢の中をさまよいて今宵も一夜を過ごしていたり  田角美恵子

 

・ すっぽりと書斎の窓に納まりぬ秋ひと色の向かいの山が  内山嗣隆

 

 


十首選 2018年1月号 (平成29年11月号掲載分より選歌) 

選者 小林幹也(玲瓏) 

 

 

 

・ うす紅の空を映してアムールの川面たいらかに明けてゆくなり  青田綾子

 

・ 赤とんぼ夕日を浴びて竿の先に並びてをりぬ台風すぎて  井奥輝明

 

・ 好きな娘に届けむ花を助手席に残し逝きたる十九の青年  岡田恵美子

 

・ 老眼鏡に息を吹きかけ磨きおり秋の立つ日の読書の合間  中嶋啓子

 

・ ブロックの間に顔出し蜥蜴の子「暑いですね」と首傾ける  上月昭弘

 

・ 飼い犬の座りいし後の暖かし長月の風昨日より吹く  恒本眞弓

 

・ 青年となりし子きたり水槽のめだかの子移す二ミリほどを  浮田伸子

 

・ 退院の決まりし友の杖の音深夜に響く遠く近くに  下村千里

 

・ 知らぬ子に挨拶をされとまどいぬ百日紅ちる朝の小径に  大西迪子

 

・ 山蔭の神社に御座す狛犬の牙剥く顔に木洩れ日とどく  馬場久雄