十首選 2020年12月号 (2020年10月号掲載分より選歌)
選者 小松カヅ子(水甕)
・ 花柄のマスクをつけた私に部屋が明るくなったと友言う 田角美恵子
・ 吠えられし犬に心を許さるる仲となりたり散歩重ねて 中村正剛
・ 丑三つの遠き雷鳴聞いている妻の微かな寝息の間に 内山嗣隆
・ 記憶力うするるほどに人間のマスク剥がれて老のやわらぐ 青田綾子
・ ゆふべより雨降りつづき公園の遊具濡れゐる象もうさぎも 山本圭子
・ 赤くなるはずの体はまだ透明楊貴妃というめだかの稚魚は 吉田千代美
・ 船形も妙・法も点火はただ一つ削ぎ落とされし霊(たま)の送り火 平野隆子
・ 少しずつ季節がずれてゆく様な梅雨の最中に彼岸花咲く 桃原佳子
・ 霽(は)れの日はお鮨とうどんが習はしと南天添へらる姪のもてなし 宮脇経子
・ 八十歳過ぎたる顔のしわ隠すコロナのマスクに花を散らして 吉永久美子
十首選 2020年11月号 (2020年9月号掲載分より選歌)
選者 大野八重子(文学圏)
・ 古びたるアルバム捲るひたすらに吾にも吾の若き日のあり 尾花栄子
・ 鈴虫と胡瓜一本を分け合いて足りおり夕餉のじゃが芋サラダ 岡田恵美子
・ ゴンドラに窓拭く男と眼の合いぬクレーマー客の帰りし後に 恒本眞弓
・ 施設にも家にもその良さありといふ耳に口寄せ涙ぐみつつ 下村千里
・ あーあーが人の発する初めての言葉と聞きぬ曾孫万歳 武内栄子
・ にごり池を覆うばかりの睡蓮のうす紅色が朝日に映ゆる 城谷早苗
・ 夏至いまだ芒種の今日の真夏日に向後の百日余りを思う 向 光
・ エメラルドの沖の果て行く船かすみ空と海との狭間に消ゆる 中山みよ子
・ 書き記す文字にしみじみ満足す九十七歳まだ生きられそう 田角美恵子
・ ハグをする仕草に駆けてくる少女大きなマスクパクパクさせて 山本 君子
十首選 2020年10月号 (2020年8月号掲載分より選歌)
選者 下村千里(文学圏・青天)
・ 木々の枝伐りて明るき首夏の庭群るる蕺草に風とほりゆく 宮脇経子
・ 御堂より呟くように念仏の声洩れて来る雨音のなか 馬場久雄
・ 午睡より覚めても暫し放心を楽しむわれを老いというべし 内山嗣隆
・ ペン持つこと我の唯一の宝物すがる思いでひと日すごせり 田角美恵子
・ 自転車のライト鋭く近づきて通り過ぎたる若人の影 橋本和佳子
・ 「肩たたき券いつでも有効」仏壇に幼文字の札今も置かるる 岡田恵美子
・ 十五の吾が徒弟修業に携えし柳行李を今にもつなり 青田綾子
・ ときをりに子猫がゐると言はるるが二十年の生うけとめ難し 山本圭子
・ 張りつめて過ごす日々よ真夜目覚め静かな鼓動雨音を聞く 桃原佳子
・ 自転車に薫風うけて走らんか定額給付金いかにせんかな ひさの盈
十首選 2020年9月号 (2020年7月号掲載分より選歌)
選者 加藤直美(水甕)
・ 言の葉の折れては繋ぐ咲き盛る大空の花火やがて消ゆるも 中山みよ子
・ 長袖のシャツは妻のと腕を組み解くは難し面倒なこと 馬場久雄
・ 警笛を鳴らし電車が山をぬけ光る川面に音広げゆく 長尾たづ子
・ 身の丈に似合ふ小さき殻を負ひ梵字を描き蝸牛行く 橋本和佳子
・ 姫シャガに似て点々とそばかすが似合う人あり笑顔美し 藤澤雅代
・ 樹々の芽の交わす微かな囁きも吸いてしずかに春の雨降る 内山嗣隆
・ 昨年は食べつくされたるあとなりき鳥とわれとの桜桃の木は 浮田伸子
・ 初夏の夕べの光のまぶしさよ老いの眼に目薬をさす 吉永久美子
・ 夕日受けキャベツがひとつ残りゐる無人売場に猫の動かぬ 宮脇経子
・ 犬の目線たどれば麦の穂の間にすずめが三羽とんでは隠る 山本圭子
十首選 2020年8月号 (2020年6月号掲載分より選歌)
選者 滝下恵子(旅笛)
・ お互いに未知なる時間(とき)を生きており老いたる犬に曳かれ散歩す 内山嗣隆
・ わが父が田舎教師のころ植ゑし八重桜あり土蔵の前に 浮田伸子
・ 土深く旨みとじ込めし冬大根卯月の風に掘り出されたり 城谷早苗
・ 言はぬでも良いのに言ひて疎まれて寒餅ひとつストーブにのす 宮脇経子
・ おっとりと泳ぎいしめだかが陽光にすばやく動く春となりたり 吉田千代美
・ 明日のためポットに水を満たしをりいつしら細き雨ふりはじむ 山本主子
・ 車椅子にやつと着きたる朝の卓カラスノエンドウ髭が天指す 下村千里
・ 春草の緑の中に咲き出でてタンポポの花いろ際立たす 馬場久雄
・ 洗濯機の脱水ボタンはあと二分 踵落としをしつつ待つなり 山本君子
・ 白き手巾に玻璃拭いおり八十年の吾の汚れのなかなかとれず 青田綾子
十首選 2020年7月号 (2020年5月号掲載分より選歌)
選者 黒崎由起子(旅笛)
・ 想い出もはるかとなりぬ土筆つむ祖母の姿や故郷(さと)のいくとせ 向 光
・ 白椿の終の花なる一輪なり葉かげにかすか風にゆれいる 吉永久美子
・ 山あいに霧の生れつつ鉄塔のしろがねの柱宙に浮き立つ 中山みよ子
・ 海神の眠らむ瀬戸の海原を出で行く船の初日にひかる 武內栄子
・ 谷川は倒木に堰かれ流れ変う豪雨のくれば我が家あやうし 長尾たづ子
・ ポケットに入れてそのまま置き去りの小さな恋あり浜を去る波 藤澤雅代
・ 東西の畝に一列結球のキャベッはなべて南向きおり 上月昭弘
・ 失いしものあり拾うものありて散歩の後の淡き昼月 内山嗣隆
・ 訪う人も無き山裾の念仏堂白梅一樹花盛りなり 馬場久雄
・ 電線に向きを違えて止まる二羽きょうのあなたと私のようなり 山本君子
十首選 2020年6月号 (2020年4月号掲載分より選歌)
選者 下村千里(文学圏)
・ 年寄りが動けば傍(はた)が迷惑と私が言へばフッと笑へり 大野八重子
・ 新型のウイルスにおびえマスクする春の光の差す電車内 平野隆子
・ 幾たびの寒さ凌げば春ならむ赤き冬芽はいまだに硬し 馬場久雄
・ 納氏の表紙絵スペインの風車小屋 目に飛び込みぬ一月号に 山本君子
・ ふる里の友より届きし賀状には「たまには帰れ」と添書のあり 平山進
・ 手帳からブーゲンビリアの花落ちる夫にもらいし七十四の祝い 桃原佳子
・ 山の墓に草を引きをり息子とはつまらぬものとひとりごちつつ 山本圭子
・東京タワーの周りに墓地の多きこと展望台より見下しており 吉田千代美
・ 「空っぽなら楽しいことを一つずつ増やしてゆこう」友にいいたし 上田知子
・ ポケットに手を入れポストに着いたとき六十三円が汗ばみており 尾花栄子
十首選 2020年5月号 (2020年3月号掲載分より選歌)
選者 たなかみち(青山)
・ 土ふかく日々太りゆく大根は極限こえるか白をせりあぐ 城谷早苗
・ 背にリュック胸に子を抱く若き母年の瀬の街を楓爽とゆく 山本圭子
・ むかひ家の幼みたりの声ならん年のはじめの諍ふこゑぞ 宮脇経子
・ 森の奥のソーラーパネルの建設に幟揺らせて抗議の風ふく 塩見俊郎
・ アメリカが憧れの国だった頃聴いたプレスリーはカルピスの味 高山智枝
・ 子鼠が袋をかじり籾殻のこぼれ続ける音かすかなり 浮田伸子
・ 病院の待合室に身を硬くして待つ夫の検診結果 山本君子
・ 「茄でらるると生卵には戻れない」呆けて男徘徊しており ひさの盈
・ 窓際のボトルに養ふアボカドの実が根を伸ばし今朝葉が五枚 下村千里
・ フローリングの音たて軌むひとところ夜の厠にそを避け急ぐ 内山嗣隆
十首選 2020年4月号 (2020年2月号掲載分より選歌)
選者 生田よしえ(水甕)
・ 乾きつつ失ひし白 干し網に茶の花吹かれ片寄りゆきぬ 浮田伸子
・ 香港勝利、教皇来日よき日今日雪虫の舞う夕べとなりぬ 青田綾子
・ 本棚に整理されたるアルバムの中の私は生ききた証 藤澤雅代
・ 電子レンジ一分待つ間にカレンダーの今日の予定をたしかめており 中山みよ子
・ 線路添いの薄穂揺らし走りゆく赤い二両の小さな電車 高峰さつき
・ 此奴には敵わぬものと思いつつ挑んでみたき人ひとり居る 内山嗣隆
・ もみじ葉をあまた沈ませ睡蓮鉢のぞきしわれと白雲うつす 吉永久美子
・ 海ぞひの道の駅にて牡鱗買ひぬすすめ上手な媼がをりて 山本圭子
・ 「忙しい」は心を亡くすというけれど亡くすにあらずもえるといいたし 吉田千代美
・ プードルのやうなる綿毛のぞかせて風船唐綿今朝はぢけたり 下村千里
十首選 2020年3月号 (2020年1月号掲載分より選歌)
選者 桂 保子(未来)
・ 秋の空穏やかとなり綿雲は流れる術を忘れて浮かぶ 藤澤雅代
・ わが命この時この日が新記録八十三年過ごした実感 中村正剛
・ 水引の咲き残れるが午後の日に労わられおり十月尽日 山本君子
・ 霜月尽のうすき日を追い日に幾度豆の筵をずりずりと曳く 青田綾子
・ 言いわけをしないで我慢しています努力がいります空見ています 中山みよ子
・ 待たす人早く来る人ひとの癖それぞれ楽しむわれも歳なり 武内栄子
・ 多弁よりことば少なき人がよし史学講座の隣の席は 内山嗣隆
・ 池の辺のベンチにくつろぐ親子づれ幼が手を振る道ゆくひとに 山本圭子
・ 今日もまた熱きコーヒーこぼしたりもののはづみと言へぬこのごろ 宮 脇経子
・ 炭火にて葱焼き肉焼きさんま焼く畑のみたりは煙まとひて 浮田伸子
十首選 2020年2月号 (平成31年12月号掲載分より選歌)
選者 首藤幸子(白圭)
・ 何両目に乗ると決めてはいるもののあなた見るまで心ぼそくて 武内栄子
・ 説きたまふ道理と正義「ヒトラーの時代」ドイツ文学者池内紀の遺著 浮田伸子
・ 夢の中ねんねんころりかわいやとかわるがわるに老い達が来る 中作裕子
・ 戸をくれば白き芙蓉のゆれてをり昨夜の諍ひいまだ尾を引く 宮脇経子
・ 声に出し「雪見障子の外し方」とスマホに聞けば動面で応える 吉田千代美
・ 「ちゃん」付けになまえ呼び合う友の来て鳴門金時ほふほふ美味し 山本君子
・ 介護2の査定届きぬ次々と追ひつめてくる現実のあり 大野八重子
・ わが終の有様なども思うなり老いるとは死ぬるとはこういうことか 青田綾子
・ 激しくて切れ味の良い句が並ぶ時実新子の小気味よい川柳 藤澤雅代
・ 味覚には気の合う孫と味談義三年ものの梅干の味など 内山嗣隆
十首選 2020年1月号 (平成31年11月号掲載分より選歌)
選者 楊井佳代子(水甕)
・ 二歳の児を交通事故に死なせしと細々言われき風の高原 青田綾子
・ きっぱりと指差しており女性機関士台風最中の運転席に 西村千代子
・ 髪をたばね行く草の道首すじにふきくる風はすでに秋なり 城谷早苗
・ 金持ちの子が食べていし桃一個丸齧りする八十になり 武内栄子
・ 行政は避難指示にて済むけれど何万人ものゆき場はどこだ 上月昭弘
・ 小さき灯にひとりの姥の住める家山寺の庫裡のごとくしずまる 内山嗣隆
・ われもまた薬袋に歌をかき河野裕子を思う秋の日 平山進
・ 電柱の影にわが身を入れにつつ残暑の中にバスを待ちおり 吉永久美子
・ 袴姿を見んと背伸びをしてをりぬ二人の祖母とうから六人 浮田伸子
・ 昔々かけつこをしたお月さんおいてけぼりをくつてしまつた 下村千里