十首選 2019年12月号 (平成31年10月号掲載分より選歌)
選者 下村千里(青天・文学圏)
・ 素直に老い行く事のむずかしさしみじみ悟るひとひもありて 田角美恵子
・ 逃げ水の揺らぐ路面の遠くから赤き日傘が近づいてくる 馬場久雄
・ 京町家の庭にひと鉢あさがおの行燈仕立て「団十郎」映ゆ 山本君子
・ 友の家の冷蔵庫より取り出せる菠薐草抱え急ぎ戻り来 尾花栄子
・ 背の痛みに耐えつつ足の指の爪切りおり力 一杯にこめ 清水保子
・ 文楽座お軽勘平の見せどころ隣の人の居眠りており ひさの盈
・ 田植機の後を追いゆく二羽の鷺利休ねずみの雨のふるなか 武内栄子
・ 片足に靴下はきつつ転びたり誰も居らねばそそくさと立つ 内山嗣隆
・ ちろちろととおたまじゃくしが鳴き初むる尾っぼを棄(す)てし水田の中に 恒本眞弓
・ 体温より高き日差しに喘ぎいる我はこの夏干物となるかも 原佳子
十首選 2019年11月号 (平成31年9月号掲載分より選歌)
選者 飯田進(コスモス)
・ 野球帽目深に被り縁日に誰も気づかぬわれを愉しむ 内山嗣隆
・ 聞くとなし聞こゆる会話は難しく日本語なれど圏外にゐる 山本主子
・ 雨あがり谷より層雲のぼりゆき雲とまじはるけぢめもなくて 浮田伸子
・ スプーンに掬ふぜリーのこぼれ易し逃亡犯人まだ囚はれぬ 下村千里
・ 種の殻頭に乗せて向日葵の新芽は初夏の風に吹かるる 馬場久雄
・ ふと浮かぶ腕を回して小走りに昔むかしの縄の電車は 尾花栄子
・ 珍しく隣の親爺がオハヨウというからに応うしどろもどろに 青田綾子
・ ひとつ田に水満ちてゆきわが歩む道の下にも水の音する 岡田恵美子
・ 家に居てたとえば西瓜食べるとき胃ろうの父にすまぬとおもう 上田知子
・ その昔ャマトタケルの白鳥となりし伊吹山今日雪冠る 塩見俊郎
十首選 2019年10月号 (平成31年8月号掲載分より選歌)
選者 三津野幸代(潮音·花貌)
・ 移る世に大和心の万葉歌推意深甚令和寿ぐ 向 光
・ 広島に来て広島はつくづくに川の街と知る 水ぶくれの死 青田綾子
・ それぞれの響きをもちて林檎食む三世代そろう朝の食卓 内山嗣隆
・ メヒシバを百本抜きぬ右の手も消耗品とぞ痛みはじむる 浮田伸子
・ 担任のわれのしぐさの真似をして皆を笑わせし子はもう五十歳 平山進
・ 無人駅の傍の樅ノ木葉を揺らしホームに初夏の息吹拡がる 塩見俊郎
・ 楽しみは一つ一つと滅りゆきぬ 思い切りあけるキッチンの窓 上田知子
・ かまきりが小さき鎌をかざすゆえ消毒できぬ紅のバラ 吉田千代美
・ えんぴつを持てど言の葉わきてこず夜は更けてゆく無音を保ち 山本圭子
・ 新聞に当直医院たしかめる十連休の三日目の不安 ひさの盈
十首選 2019年9月号 (平成31年7月号掲載分より選歌)
選者 内海永子(白圭)
・ 「 子が死んだの」「ああそう」あ、ごめん倖せなこの人困らせている 大 野 八重子
・ 同窓会、PTAの会長を前歴にならべ立候補する ひさの盈
・ つり革を掴みたるままネクタィの男が時折目を覚ますなり 山本君子
・ わが祖も水呑百白姓「からゆきさん」あるいはかつての吾かもしれず 青田綾子
・ ひと曲りすればひろごる春の海みたくて今日はこの角まがる 武内栄子
・ 末枯れたる水路を奔る池の水きょうより里は田植えに入る 内山嗣隆
・ 子の部屋にTシャツほしつつかあさんと呼ばなくなりし時間を数ふ 山本圭子
・ まんまるの蓄の中に花びらをギュッとたたんだ紅い芍薬 中作 裕子
・ 明日ありと迎える明日も又送り明日が次第に少なくなりぬ 向 光
・ 積荷なき車輔に運ばる風あらん形なきもの意志もなきもの 浮 田 伸子
十首選 2019年8月号 (平成31年6月号掲載分より選歌)
選者 新屋修一(コスモス)
・ 愚痴ばかり言う母ですが小さくて笑顔の可愛い女性なんです 中作裕子
・ ほほえみてニュース伝えるアナウンサーに釣られ体調今朝は良し良し
清水保子
・ 大橋は大きく弓なりに海峡を跨ぎて夜は真珠を飾る 塩見俊郎
・ だれもいないタ暮近くの公園に雨に濡れたる縄跳びの縄 平山進
・ 端然と着物姿に座す人ありわれはあぐらを隠して座せり 吉田千代美
・ 側溝に見てゆきし亀のひなたぼこ帰りにも見る葱をかかえて 山本君子
・ 枕元にリモコン四個並べたりテレビエアコン電気にビデオ 岡本みね子
・ ゆっくりと灯油屋の車通りすぐ白木蓮散るあしたの道を 大西迪子
・ ビールの栓フシュッとあけて乾杯す今日の良き日に親族集い 武内栄子
・ ヘアースタイル変えて花見の客となる平成最後の老らの集い 田角美恵子
十首選 2019年7月号 (平成31年5月号掲載分より選歌)
選者 松カヅ子(水甕)
・ 告知板の「人形供養」を目にとめてわが手づくりの処分を決める 平野隆子
・ 夕暮れの二両電車の窓あたり疲れし人が灯りに浮かぶ 中嶋啓子
・ 父の死も母の今際にもあわざりき聖職者とうを逃げ道にして 青田綾子
・ 久し振りの友との出逢いにときめきて朝の化粧も念入りにする 田角美恵子
・ 夕さりの空へ翔び立つ白鷺のするどき声が峡に響けり 城谷早苗
・ 川土手で蓬(よもぎ)の若芽摘み取れば指先からも春の香のたつ 藤澤雅代
・ しづもれる夜更けに落つる氷片の音ひびくなり意外に大きく 山本圭子
・ 二十秒間片足立ちの出来ぬ夫ガラスの向かう猫がみてをり 宮脇経子
・ さし込める春の光を反しおり畳の隅の縫針一本 吉永久美子
・ 栗原心愛と愛のあふれる名をつけしに何処で歪んだ親の心は 上月昭弘
十首選 2019年6月号 (平成31年4月号掲載分より選歌)
選者 郡 英子(東加古川短歌会)
・ 友逝きてわれ案ぜらる八十路とふ曲がり角ゆくやすけくあれよ 浮田伸子
・ 寡黙にして力の限り尽くされし岸本さんに水仙を摘む ひさの盈
・ 諧謔とう言葉知りたり拾い読む古き「歌壇」の特集号に 山本君子
・ 大寒の空きしきしときしませて七つの星の北斗耀く 下村千里
・ 秒針の動き数えて夜明け待つ術後のベッドに身を縛られて 青田綾子
・ 不意に来る風の気配に群鳥は一塊(いっかい)となり冬田を発てり 岡田 恵美子
・ 降り積もる雪しんしんとべランダのビオラの花をふわりと包む 中作 裕子
・ コメントもはにかむ笑顔もういういし夢中にさせる大坂なおみ 平野隆 子
・ ばあちゃんに勝ったと喜ぶ五歳児に負けて悔しい顔をするなり 吉田千代美
・ つつがなく点心の膳ととのへてひと息つきぬ水屋にふたり 山本圭子
十首選 2019年5月号 (平成31年3月号掲載分より選歌)
選者 安藤直彦(玲瓏)
・ 二十キロの白菜漬けし樽の上に十キロ漬けの樽をのせたり 吉田千代美
・ 結び目がゆっくり解けてゆくように声が和らぐ電話の向こう 藤澤雅代
・ マンホールの蓋に彫られし日本地図の子午線けふは踏まずに行こう 宮脇経子
・ 宴会にお宮を足蹴せし舞台貫一役の友身罷りぬ 塩見俊郎
・ 山畑に慈姑掘りたり泥のなか豆のごときが芽をもつあはれ 浮田伸子
・ カメの研究さるる上司にたまわりし斑の美しきべっ甲の櫛 大西迪子
・ みずからが施肥せし八朔もちゆけり病院の兄いくたびも撫づ ひさの 盈
・ わけもなくただ赤飯を食べたくて一合あまりのもち米をとぐ 故 井奥輝明
・ 握り手はゴムにて軽く折り畳め放てばぴんと戻る杖なり 岡田恵美子
・ 日めくりをいち枚ちぎり灯を消しぬあすの目覚めを疑うことなく 内山嗣隆
十首選 2019年4月号 (平成31年2月号掲載分より選歌)
選者 藤本則子(水甕)
・ わが生くるはここぞと寒の日を受けて紅あざやかな庭の千両 内山嗣隆
・ 月影の満てる今宵はしみじみと語りたかりしよなあ柿の木よ 岡田恵美子
・ 折り紙のピアノ鳴らぬを知りいつつ奏でてくれる人待つ一日 藤澤雅代
・ 薄氷割りて洗える大根は金属のようキンキン音す 城谷早苗
・ 穏やかな入り江を囲む照葉樹岬の森は鳶を休ます 上月昭弘
・ 雨後の日に温められて落葉が土へと還る香をたたせつ 青田綾子
・ 室生寺の五重の塔は軒深し朱塗の木組鮮やかに見す 平野隆子
・ 登校をしてゆく子らの赤い帽子白い帽子が朝日に映える 平山進
・ 除草剤を撒かれし道の雑草が立ち枯れしまま風に吹かるる 桃原佳子
・ 犬を抱き下りくる人と会釈する山寺へゆく長き石段 山本圭子
十首選 2019年3月号 (平成31年1月号掲載分より選歌)
選者 石原智秋(六甲)
・ 咄嗟には口に出せないパフィオペディラム早くも三つの蕾をつける 岡本みね子
・ 路の辺に倒れたままで咲く野菊そうだ私もこのままでいい 尾花栄子
・ 二十六聖人像のどの足も地に届かざり 風が触れゆく 青田綾子
・ 見も知らぬ人がわたしに会釈するわたしも答えて会釈を返す 田角美恵子
・ 世は常に普遍望むに雨や風荒れて人みな笑みをうしなう 向 光
・ 蟷螂は鎌をもたげて納屋の戸に強面の相をみせて動かず 武内栄子
・ 髪しろくなりたる義母の背みつつ時重ねこし吾とのあれこれ 山本圭子
・ サニーレタスが阿保ほど生えてと母が言う阿保ほどわれは仮植えしたり 吉田千代美
・ 確認の文字小さくて目が痛いハズキルーペに助けられおり 平野隆子
・ 常用漢字に追加されたる鬱の文字削除されたる尺貫法の匁 浮田伸子
十首選 2019年2月号 (平成30年12月号掲載分より選歌)
選者 久米川孝子(コスモス)
・ 月づきの歌の集いに野の花を添えらる或る日は手焼きの壺に 青田綾子
・ 生きて来し値打ちが決まるはこれからとわれに聞かせて老後を歩む 平山進
・ 路線バスの過ぎるを待ちて町の辻に屋台は別れの練り合わせする 平野隆子
・ 病弱の母に教わりし一品の鰯のつみれ食卓の花 恒本眞弓
・ 期待したほどに仕事は進まずに今日という日がまた過ぎてゆく 桃原佳子
・ 物置に卒論草稿見つけたり半世紀前のくせ字懐かし 内山嗣隆
・ 電池入れ時計が再び動くごと真似は出来ぬかわれの五体も 武内栄子
・ 花の名を忘れはしたが花の名を教へくれたる君を忘れず 井奥輝明
・ 又ひとつ年取る事のおののきに心の整理つきかねいたり 田角美恵子
・ 平成最後の雲間よりもれる名月に過ぎ去りし年を反芻しており ひさの 盈
十首選 2019年1月号 (平成30年11月号掲載分より選歌)
選者 峯田 モトヱ(運河)
・ ひたぶるに寒蝉鳴けり金属を埋めしわれの胸ふるわせて 青田綾子
・ 古池の雲をゆらして水馬は鏡の如き水面を泳ぐ 井奥輝明
・ 夏色の凌霄花の花揺るる隣家に「売家」の看板の立つ 西村千代子
・ ディスプレーより目を放すなく若き医師われの余命をさらり告げたり 内山嗣隆
・ 立ちゆきし人の座席の温とさに瞬時とまどひ深く座りぬ 宮脇経子
・ 高潮に水没したる滑走路あたり一面白波の立つ 平野隆子
・ 紅々と地表に散り敷く萩の花掃き寄す箒に重みのありて 吉永久美子
・ 善行を成す如ここち良き音に古布裂きて紐つくりをり 大野 八重子
・ ビルの足場はずす人らのかけ声が風にのりくる真昼の部屋へ 大西迪子
・ さざんかの葉うらにひそむ毛虫なり鬱の字あまた並ぶごとくに 山本君子