十首選 2022年12月号 (2022年10月号掲載分より選歌) 

選者 加藤 直美(水甕 

 

  

・ 誰からの便りを待つやクマゼミが郵便受けの口に動かぬ  山本君子

 

・ ご来光期する山小屋トタン葺きやね打つ雨の音に目覚むる  塩見俊郎

 

・ 新しき網戸より入る風白し瓶のあじさいかすかに揺るる  大西迪子

 

・ 一匹の蛍夜道に迷い出て灯せるたびに闇をふかめり  内山嗣隆

 

・ 人の気配あらぬ真昼間静もりていま中天を日が通り過ぐ  岡田恵美子

 

・ 王様はジンベイザメなり身の丈は吾の十倍か斑点つけて  上月昭弘

 

・ ウクライナの地も青む頃か地球儀をまわして少時掌を あてており  青田綾子

 

・ 朝よりこころ凝れるこんな日は珈琲豆ひくゆるりゆるりと  山本圭子

 

・ 伸びきたる稲田は青くかがやきて風の通り道カーブを描く  吉永久美子

 

・ しよきしよきと小豆をあらふ暑き日にひとまづ冷凍忘るる勿れ  浮田伸子

 

 


十首選 2022年11月号 (2022年9月号掲載分より選歌) 

選者 芝本 政宣(美加志保 

 

  

・ アマリリス赤いラッパを設えて小鳥の声を聴いているらし  中嶋啓子

 

・ 満開より青葉となれる桜並木陽は燦燦と吾が村を抱く  中村正剛

 

・ 小さきもの愛しくあれど根を食べる幼虫四匹まるまる太る  浮田伸子

 

・ ないないない携帯電話がないないないテレビのリモコンないないない   吉永久美子

 

・ 年金の暮らしになればどんなにか楽しいだろう、そうでもなかった  松下孝裕

 

・ 熱っぽく脇へ挟んだ体温計二度とも三十六度三分に  塩見俊郎

 

・ ひそやかに咲くもぢずりを好きといふをたれが言ひし か思ひ出だせず  山本圭子

 

・ 喪の席にわしが一番年寄りかと座を見まわして夫のつぶやく  吉田千代美

 

・ 脚たたば訪ねゆきたきなり陵なり今在すがに皇子を思えり  青田綾子

 

・ 夜明けかと見紛う程の月あかり目覚めて傍に告げる人なし  武内栄子

 

 


十首選 2022年10月号 (2022年8月号掲載分より選歌) 

選者 小松 カヅ子(水甕 

 

  

・ 散りそうで散らずに揺れるツリフネソウ水無月を吹く風のまにまに  藤澤雅代

 

・ 砥峰のススキの原を撫でて来る五月の風に癒されており ひさの盈

 

・ 銭湯の窓のむこうに石楠花の咲きて小鳥がしず枝をゆらす  武内栄子

 

・ 空青く黄色に輝く麦畑吾はひとすじにウクライナを思う  高峰さつき

 

・ 水平社発祥の地ぞここ大和葛城川の水のきらめき  青田綾子

 

・ 朝まだき黒き靴はく柴犬とけさも出会へりコンビニの前  山本圭子

 

・ 何もかも忘れてしまいたき思いあれど昨日を忘れる恐さ  松下孝裕

 

・ 晴天にシーツを洗い布団干すウクライナの空今何色ぞ   平野隆子

 

・ O型に歪みしこの膝術後にはまっ直ぐのびると嬉しき 一言  吉永久美子

 

・ 古びたる売地の立て札撤去されああ〜ひな芥子の花も刈らるる  山本君子

 

 


十首選 2022年9月号 (2022年7月号掲載分より選歌) 

選者 山中洋子(丹生 

 

  

・ 杖つきて八十五歳野歩きに作歌楽しむ 空気がうまい  中村正剛

 

・ 少しずつ母の歴史を閉じゆくにまだ嵩たかき父母のアルバム  平野隆子

 

・ 息つめて四十分に書き写す 「天声人語」 六百三字  ひさの盈

 

・ わが願い孫に遺さん命日はピアノを聞きたしハッピーバースデイ  塩見俊郎

 

・ 樟脳の入れかえしたる和ダンスに娘の和服を再び仕舞う  桃原佳子

 

・ 心境を曝け出したる軽さ持ち車の見えずなるまで送る  大野八重子

 

・ 一つ咲きひとつ散りたる勺薬に過ぎゆく刻が見えるようなり  藤澤雅代

 

・ 石楠花は庭より道にせり出して少し叱ってやりたい思い  松下孝裕

 

・ ああ誰も彼も逢いたい芥子の花三色すみれ凌霄の花  尾花栄子

 

・ 手の込んだものほど箸のすすまざり豆腐にちょっぴり醤油をたらす  内山嗣隆

 

 


十首選 2022年8月号 (2022年6月号掲載分より選歌) 

選者 生田よしえ(水甕 

 

  

・ 破れ傘が芽吹きゐるよとつれあひがわれを呼びゐる声はづませて  山本圭子

 

・ うまれたる娘のために桐植ゑし村びとしのぶ大木の桐  浮田伸子

 

・ もう一度母と一緒に笑いたし桜ふぶきを共に浴びつつ  吉田千代美

 

・ 里山の桜は入り日に照らされて色濃く淡く山を彩る  大西迪子

 

・ 風に吹かるるウクライナの国旗隣家の媼の作りし小さな国旗  ひさの盈

 

・ 三度豆の売場を問うにインゲンねと念を押されてつい てゆくなり  山本君子

 

・ 厠へと夜更けの廊下をそろりゆく軋めるところ巧みに避けて  内山嗣隆

 

・ 波の音鳥の鳴き声スマホから眠りを誘(いざな)うメロディー流る  藤澤雅代

 

・ 約束をしたかのように芽を出して今年も咲ける青きムスカリ  中嶋啓子

 

・ この日頃うつむくばかりの瞳にふとも光に遊ぶ子雀の見ゆ  青田綾子

 

 

 


十首選 2022年7月号 (2022年5月号掲載分より選歌) 

選者 尾花栄子(文学圏 

 

  

・ 祈ること物さがすこと嘆くこと我まま放題の独り住みよき  大野八重子

 

・ 歩道に行き交う人なき夕暮れを私はわたしの影と散歩す  藤澤雅代

 

・ 年がいもなき失態をせし夢に朝から妻にやさしくなれり  内山嗣隆

 

・ 「ローマの休日」観終り若き日のときめき一日戻りきたりぬ  吉永久美子

 

・ 庭先に梅咲く朝ねんごろに経を唱える母の命日  塩見俊郎

 

・ 生き辛さ抱えながらも三年目となりしコロナ禍を懸命に生きる  桃原佳子

 

・ めっきりと白髪増えたるわが妻よかけし苦労の重さを思う  平山進

 

・ 生石神社の御神体なるこの巨岩千年余りの長き沈黙  ひさの盈

 

・ 空の青透かして昼の月談しワクチン接種終えて仰げば   山本君子

 

・ 金婚を祝うと子らが帰りくる夜は着物着て手料理並べ  吉田千代美

 

 

 

 


十首選 2022年6月号 (2022年4月号掲載分より選歌) 

選者 加藤 直美(水甕 

 

  

・ 剪り終えし松を見上げてストローに音鳴らし飲むカル ピスソーダ  内山嗣隆

 

・ 摘果せず熟れた蜜柑は小さくてとびきり甘いその数知れず  吉田千代美

 

・ 日にちにイヤリングつけし遠き日よ今その耳に補聴器 なじむ 大西迪子

 

・ わが町に御座候が開店し老いの楽しみ「二つください」   山本君子

 

・ 新雪を歩きし人の靴のあと急きたる跡かゆっくりとみる  尾花栄子

 

・ 留守電の赤いランプの点滅せず今日で幾日独りをおもう  岡田恵美子

 

・ 太郎の杉、次郎の杉も切株となりて二月の雨に濡れおり  青田綾子

 

・ 北斎の赤富士の前に人多し遠まきに見る眼鏡をかけて  山本圭子

 

・ 残高が二円ありとう電話口に株の口座を閉じる誕生日  塩見俊郎

 

・ カーテンが花柄だからこの家といひつつ友がたづねくれたり  浮田伸子

 

 

 


十首選 2022年5月号 (2022年3月号掲載分より選歌) 

選者 新屋修一(コスモス短歌会 

 

  

・ お元気そうで何よりですねと医者の言うついつい喋りすぎたかわれは  吉永久美子

 

・ 我が丈をはるかにこえるわが影を追いつつ帰る風に押されて  向 光

 

・ 土に触るるは地球に触るることなりと時に怖れて杭を打ち込む  浮田伸子

 

・ 志半ばのごとし手袋の片方だけが捨てられている  松下孝裕

 

・ 三百円を缶に落として白菜に大根かぶと両手にあまる  宮脇経子

 

・ 阪神のセンター守りて奇抜なる人ありき今監督となる  下村千里

 

・ 年末も年始もあらずの塾通い弱冠十二歳の子童(こわらわ)なるに  青田綾子

 

・ 障子の穴を紙花二輪に繕いて娘夫婦の帰りゆきたり  城谷早苗

 

・ たつのより四十四のトンネルを抜けて鳥取風車が並ぶ  武内栄子

 

・ 山深く住む旧友(とも)よりの絵の便りあふるるばかりの朱のからす瓜  内山嗣隆

 

 

 

  


十首選 2022年4月号 (2022年2月号掲載分より選歌) 

選者 高野由紀子(六甲 

 

  

・ 大根の葉っぱをゆでて冷凍すちょっといい事したる気分に  吉田千代美

 

・ 聞きたるもすぐに忘れる片カナ語四回目にはメモを渡さる  馬場久雄

 

・ ストーブは確かに消したいや多分消したはずだとまた起きてゆく  大西迪子

 

・ 泣きし日も笑いし日もあり丑年の七十二歳暮れなんとする  ひさの盈

 

・ 新妻が老婆になりゆく幾年の自分史刻まる家計簿日誌  城谷早苗

 

・ 久々に妻と出かけるバスツアー小春日和に一日めぐまれ  平山進

 

・ 夫にも息子にもしてきたカチコチの吾初心者マークの 孫とドライブ  尾花栄子

 

・ 古語なれば「をかしあはれ」となるらしき若者ことば 「エモい」馴染めぬ  山本君子

 

・ そそつかしと一言で言へぬもの有りと自己弁護するひ とりごと言ひ  大野八重子

 

・「お帰り」と迎へてくるる人のあり小規模多機能香寺 ホーム  下村千里

 

 


十首選 2022年3月号 (2022年1月号掲載分より選歌) 

選者 新家 イサ子ポトナム) 

 

  

・ 一センチの厚みに躓き絨毯に脚は上がらずつんのめりたり  中嶋

啓子

 

・ 断捨離をなしつつ娘が見つけたる夫とつけゐし交換日記  下村千里

 

・ 剪定を終えし植木屋道へ出て煙草ふかしつつ眺めておりぬ  長尾たづ子

 

・ 青年に拾うてもらいしコインなり貯金箱へカチャとよき音  山本君子

 

・ わがままな態度に母を困らせし日々を詫びつつ供花を替えおり  平山進

 

・ ひとときの眠りにあれど心地よし人影のなき午後の図書館  内山嗣隆

 

・ 青空の下なる庭の花ビオラ花の色なる黄の蝶が来る  高峰さつき

 

・ 今もなお古里の言葉あたたかい「前家裏家」(まえねえうらねえ)呟いてみる  ひさの盈

 

・ ひとつ剥きふたつむきする黒豆に虫も出で来るこの秋日和  岡田恵美子

 

・ 今日掘った薩摩芋だが食べてみなとほいと渡してくれ たアツアツ  武内栄子

 

 

 


十首選 2022年2月号 (2021年12月号掲載分より選歌) 

選者 桂保子(未来短歌会) 

 

  

・  善きことの予感はあまりあたらぬも悪しき予感のよくあたること  松下孝裕

 

・ 朝々に木犀の香の流れくる見渡す家並みにその木分からず  桃原佳子

 

・ ペダル踏み裏路地走る婦人あり車と競争道を譲らず  塩見俊郎

 

・ なんとかまあ生きていますと歌会より戻りて供う饅頭ひとつ  岡田恵美子

 

・ 優勝への望み弱まるタイガース「チェッ」「クソッ」 と応援しおり  吉永久美子

 

・ 色褪せたへへののもへじの顔をして倒れし案山子は空を見ており  馬場久雄

 

・ 気持よく吾を眠らせる古きソファーこれの寿命は私の寿命  大西迪子

 

・ ありがとうと素直に言えぬ姑に百年生きたる重さをみたり  西村千代子

 

・ うたた寝の夢の中にて妹とおしろい花のままごと遊び  山本君子

 

・ 明日採らんと網を被せし完熟のメロンはお先に猪(しし)が喰ひたり  大野八重子

 

 


十首選 2022年1月号 (2021年11月号掲載分より選歌) 

選者 藤本則子(水甕) 

 

  

・ 哲医師の用水は今日も流れいん水面に太陽の光まぶして  青田綾子

 

・ 診察室に痛いいたいと泣き続ける幼児おりて今日原爆忌  上月昭弘

 

・ 名も知らぬ遠く小さな国あまた 年重ね知る知らぬ事多し  城谷早苗

 

・ 新緑の杜の樟萌え出でぬ煙るがごとき初夏(なつ)の足音  内山嗣隆

 

・ 藍を摘み生葉染(なまばぞめ)とうを試したり絹布(けんぷ)は明るき空色となる  上田知子

 

・ 豊穣の穂波に遊ぶ赤とんぼ風に抗い風に従い  松下孝裕

 

・ 音もなく庭の草木にまぎれゆく朝一番のオハグロトンボ  下村千里

 

・ 戦争を知らない我らに今まさにコロナが戦争の様を見するや  高峰さつき

 

・ 雲梯に遊ぶこどもの影のびて帰宅促す放送流る  馬場久雄

 

・ 裏道の古き小さな和菓子屋に母の好みし彼岸もち買う  大西迪子