十首選 2024年12月号 (2024年10月号掲載分より選歌)
選者 浜崎泰子(コスモス)
・ 白桃を分かちあいたり老い二人シンクに一つ種子をして 内山嗣隆
・ 寝しずまる町の自販機コーヒーの缶落とす音闇にひびけり 馬場久雄
・ 炎熱の日は沈みたり生ぬるき蛇口の水に米をとぎおり 大西迪子
・ 戦いのニュースは悲しうつ向きて右手でそっとチャンネル変える 畑﨑節子
・ 子をなさず身めぐりの幼(こ)を吾子のごと愛おしみつつ八十年(やそとせ)終える 武内栄子
・ 庭の鬼灯朱く色付き新盆の友よ彼の世は住み良いですか 中嶋啓子
・ 蛇口の栓すこし抑えて皿洗うせわしなき心落ちつきたくて 西村千代子
・ 土割りてモロッコ豆の翡翠色おうおうおうと水注ぎやる 青田綾子
・ 涼やかな浴衣姿の乙女らが猛暑のなかに涼をもたらす 山本圭子
・ 盆礼の頃よりゆふべ吹く風に少しの秋を肌よろこぶ 浮田伸子
十首選 2024年11月号 (2024年9月号掲載分より選歌)
選者 石原智秋(六甲)
・ 老い極む人の様々が胸に沁む膝を痛めて家籠る日は 青田綾子
・ わが海馬へスイッチ入れたり免許更新の認知試験が明日に迫る ひさの 盈
・ つれあひの好みは青き魚にて老いをやしなふと二切れ買ひぬ 浮田伸子
・ 独り居は淋しくないかと訊く人に淋しいですと応えてあげる 松下孝裕
・ ついさっき聞きたる事が思い出せぬ吾をよぎり行く一 抹の不安 平山 進
・ ゆきちがふ会話も次第に成り立つを姉はよろこび饒舌となる 宮脇経子
・ 座らねば蹌眼(そうろう)として靴下を履けぬ身となり八十路を越えて 馬場久雄
・ 栄養はきちんと摂っている筈にあの人の名が思い出せ ない 畑﨑節子
・ 老いたればただ穏やかにありたしと思う心に入り込む 嫉妬 宮本美智子
・ 失せ物を探し探して日の暮れる探して十日め未だ出て来ぬ 高峰さつき
十首選 2024年10月号 (2024年8月号掲載分より選歌)
選者 藤本則子(水甕)
・ 作業終え忙しく作る夕支度夫(つま)の視線に労いもらう 藤澤雅代
・ 老い故とう言葉やんわり頂きて背は痛むなれど病院出で来 岡田惠美子
・ 藤の花終はりしづもる寺庭に五月の西日ときながくさす 宮脇経子
・ 骨となりし石牟礼道子今も未だ「怨」の莚の先頭に立つ 松下孝裕
・ 綱引きを終えたる児らの中休み楡の木蔭に初夏の風 塩見俊郎
・ 大好きなショパンやリストに会えたのかピアノ談義したのでしょうか 平野隆子
・ 新しく物買うことも少なくて今朝庭ばきの硬さなじまず 畑﨑節子
・ 紙粘土に作りし蛙を見せくるる健ちゃん「どうだ」と いう顔をして
山本君子
・ 立ちならぶビルの間より夕日さし歩道に細く光のとどく 馬場久雄
・ 一点の曇りあらぬ空を背に老女うつむき草むしりいる 長尾たづ子
十首選 2024年9月号 (2024年7月号掲載分より選歌)
選者 黒崎由起子(旅笛)
・ 窓の辺に縫針運ぶ指先の思いのままにならず日は暮る 大西迪子
・ 拝殿の扉は閉まり傾ける陽を受けて鈴の緒ゆるり揺れおり 塩見俊郎
・ 山影の社につづく杉木立昨夜の雨の雫をこぼす 馬場久雄
・ 半世紀経つも木肌のつやつやしき小箱に母の指輪見つかる 山本君子
・ 畑よりとりどりの花手折り来てあるがまま備前の壺に活けたり 上月昭弘
・ しあわせが隠れていそうと弾みつつ顔近づけて四つ葉をさがす 瀧本英子
・ 濃く淡き緑かさなる野山なりこの里に嫁して七十五年 長尾 たづ子
・ 春雪に山なみ白く輝きてはるかかなたにふるさとがある 多田敏子
・ 幼な友も老いたであろう今日もまた夕日はだまって沈 んでいった 尾花栄子
・ たんぽぽのまるき綿毛が頭をならべ風をまちゐる亡き母の庭 山本圭子
十首選 2024年8月号 (2024年6月号掲載分より選歌)
選者 楊井佳代子(水甕)
・ 朝々を母の見ていた日めくりのカレンダーなり 捲り忘れる 吉田千代美
・ 昨日から降り続いている長雨の向こうに春の待つ気配あり 平山進
・ コンビニの前にコンビニ開店す信号待ちつつ小さな義憤 松下孝裕
・ 筍を近所や友に配り終え最後にわが家へ春のおとずれ 平野隆子
・ おとなしく越冬中の亀虫に罪はなけれど殺めて捨てる ひさの盈
・ 「ひいばあば足おそいなあ」振り返りまたふりかえる 小一の児は 畑﨑節子
・ カート引くわたしにドアを開けくるる女は右脚引きずりながら 大西迪子
・ いちはやく春の息吹を運び来てモッコウバラは紅き芽をふく 馬場久雄
・ 産土の杜に拾いしどんぐりを鳴らして帰る朝の散歩に 内山嗣隆
・「あれっ」落としたかなぁ旅の宿に気付くピアスが片方しかない 武内栄子
十首選 2024年7月号 (2024年5月号掲載分より選歌)
選者 鈴木裕子(六甲)
・ パソコンの画面に地球儀拡大しエッフェル塔を探す旅する 山本君子
・ 朝まだき新聞受けより取りだしてあっと声挙ぐ「ナワリヌイ氏死す」 青田綾子
・ 風荒ぶ河原に音立て三台のユンボ首ふる雨の日今日も 岡田恵美子
・ 夕空を白鳥ひと群れ北へ飛ぶ子育て終えてまた帰り来よ 高峰さつき
・ 旧姓で呼ぶこの友よあの頃に戻る一瞬ときめきており 藤澤雅代
・ 豊作のスイートスプリング写真にてせめて見せたし植ゑたる甥に 浮田伸子
・ 帰省の子厚焼きたまご頬張りて昭和の匂ひ祖母の味とふ 宮脇経子
・ 「ララのテーマ」聞けばなにゆゑ思ひ出づ疾うに忘れし君の横顔 山本圭子
・ うらおもてみせてゆっくり谷に消えひと葉がしずむ季の静かさ 尾花栄子
・ 菜の花まで食べるんかいな母の声が聞こえてきそう辛子和え作る 吉田 千代美
十首選 2024年6月号 (2024年4月号掲載分より選歌)
選者 山田 文(ポトナム)
・ 病院のテレビはミュートに映りをりガザの少女の声なき叫び 宮脇経子
・ とぼとぼと歩くわたしを押しくるる風は刈田の匂いを纏い 武内栄子
・ 寒風に負けずサッカーしてる子ら目にとめ母も車椅子こぐ 吉田千代美
・ 我が地区の無派閥議員真面目なり悪しき事なし出世もほどほど 藤本勝義
・ ゆったりと朝のひかりを浴びてゆく老いたる犬に急かされながら 内山嗣隆
・ 冬の日のさしくる方へと茎伸ばしネリネ咲きおり曲がりたるまま 中嶋啓子
・ この雲は北朝鮮より来たるらしならば話せよ拉致後の情報 長尾たづ子
・ 七十代半ばに逝きし父母(ちちはは)を七十六の吾しきりに思う 平山進
・ 生垣をとりて寂しき庭隅の向こうに隣家の水仙揺れる 塩見俊郎
・ ネモフィラを二畝植ゑて豊かなりはやもこころに満開となり 浮田伸子
十首選 2024年5月号 (2024年3月号掲載分より選歌)
選者 鎌谷克子(白圭)
・ 身じろぎもせずに立ちいる托鉢僧師走の風が袖揺らしおり 馬場久雄
・ 酢橘にも柚子にも徒長枝棘はあり高々揺るる見よとばかりに 浮田伸子
・ 杖をつきバスに乗る吾に「ゆっくりでいいですよ」と 運転手の声 平山進
・ 朝食みし雑煮の味も遠くなり十六時能登に地震発災 上田知子
・ 暮れのせまるコンコース少年がピアノにて弾くサザンのメドレー 山本圭子
・ 「ぶぐばぐ」と十歳新之助の声ひびく装い艶や客の上に ひさの盈
・ ジェットコースターに乗ってるように楽しみたい変わ り激しき母の介護を 吉田千代美
・ それなりの生だったよと宥めなだめ豆を選りおり冬の日だまり 青田綾子
・ 戦争の傷痕映すチャンネルを切りて畑へ もつれ舞う蝶 武内栄子
・ こと成らず過ぎ来しことに悔いはなしわれの余生は未だ少しある 内山嗣隆
十首選 2024年4月号 (2024年2月号掲載分より選歌)
選者 生田よしえ(水甕)
・ でき得れば避けたき人にまたも逢う仏のはからいなればせんなし 内山嗣隆
・ 複雑な思いが頭にびっしりとつまって空に飛べない私 藤澤雅代
・ すすき穂の波だつ脇の濃紫りんどう一輪小さな命 西村千代子
・ なんといい菊日和だろ縺れいし心の糸がちょっと解けた 青田綾子
・ 柿の実を捥がねば熊が来るというそれでも残す木守の 一つ 松下孝裕
・ 雲間より光は射して輝けば瓦礫の隙に小さき花見ゆ 畑﨑節子
・ 東北の芹の根美味きを知りてより谷川の芹こほしきわれは 浮田伸子
・ 「女ひとりしゃんとせなあかんよね」淋しきことは言わず別れき 尾花栄子
・ 午後の日がぽぽぽと温し石蕗の花が大きなたんぽぽになる 山本君子
・ どこまでも続くほそみち獣道ぬた場に通う猪の踏み跡 馬場久雄
十首選 2024年3月号 (2024年1月号掲載分より選歌)
選者 滝下惠子(旅笛)
・ 白みゆく障子に時刻(とき)をはかりいる狂い少なき老いの目覚めは 内山嗣隆
・ 朝霧が深ければ晴れる天気予報信じて白き闇に出で行く 桃原佳子
・ 夕日影うすくとどめて甘き香のこのつるし柿まあ食べてみて 尾花栄子
・ 乗り降りの人無きバス停すっ飛ばし最終バスは暗闇を急く 馬場久雄
・ いま君のバックミラーにわが姿映ると知りて背筋を伸ばす 山本君子
・ 懸命に栗を剥いてるお母ちゃんできないだろうと思ってごめん 吉田千代美
・ 北の戦火やまざるにまた中東に 窓打つ秋の夜の雨音 青田綾子
・ 尾根沿いの四国カルスト二十五キロ山々の稜線空へ吸わるる 西村千代子
・ 雨ののち急な冷え込みやうやくに色づくトマト戸惑ひをらん 浮田伸子
・ 誰か今我をつつけば破裂するそんな心を持ち歩く今日 松下孝裕
十首選 2024年2月号 (2023年12月号掲載分より選歌)
選者 西橋美保(短歌人)
・ 図書館を出て秋日和七冊が肩にずっしり富者の心地す 青田綾子
・ 敬老のお祝ひ届く昼さがりつひになりたり祝はるる歳に 山本圭子
・ 急登になれば奮い起つ登山好きも部屋の片付け遅々と 進まず 塩見俊郎
・ 秋祭りのシデ棒ゆれて練り盛り締込みの男の色白きなり 吉永久美子
・ カートひとつなき店舗なりあんぱんをひとつ買ひたり成城石井に 浮田伸子
・ 青空が広くなったと母が言うグリーンカーテン外した窓に 吉田千代美
・ 晩酌のビールは酒に代わりたりわれの体も冬季に移る 藤本勝義
・ 車椅子の暮らしも満更ではないと友はくるりと回って見せる 山本君子
・ 一つだに傷のなき身に生れしにメス痕ふたつ残してしまう 内山嗣隆
・ 未だ暑気の残る夕べの風に乗り稽古太鼓の音絶え間なし 岡田惠美子
十首選 2024年1月号 (2023年11月号掲載分より選歌)
選者 小松カヅ子(水甕)
・ 介護認定といふもの受ける七十の質問に答ふ夫冷静に 浮田伸子
・ 花音痴なれども便利スマホにて検索すればたますだれとう 藤本勝義
・ 風の声聞いているらし堰堤に大き背中と小さな背中 青田綾子
・ 飛蝗の子五ミリたらずの足たてて農機具小屋の床に動かず 上月昭弘
・ 浅草に撮りし写真も添えられて今生きているのは貴女と私 武内栄子
・ カレンダーに書込みのなき晴れた日は少し迷いて野良着に替える 内山嗣隆
・ 墓参りは三十五度の昼下がり来なくていいと子らに伝える 塩見俊郎
・ 駅前の駐輪場にサドル無き自転車倒れて雨に濡れおり 馬塲久雄
・ しっかりと歩く幼を目に追いて負けずに歩く足高くあげ 平野隆子
・ 置き忘れの鋏が戻った嬉しさに今宵は尾頭付きの鯛焼く 吉田千代美